全力疾走の意味を知らなかった

僕は小学生の頃、全力疾走の意味を知らなかった。頭が悪かったのだ。運動会の徒競走は手を振りながら走った。一等とか二等とか何なのか意味がわからなかった。僕には意味がなかったのだ。中学生になってバレーボール部で走らされた。自分が走れることが気持ちよかった。中2でリレーの選手になり、高校生では100m走の記録を持っていた。100mの全力疾走は気持ちよかった。たぶん2.3年間だ。そしてその後は全力疾走をすることがなくなった。今、もし50mの全力疾走をしたら、できたとしてもおそらく倒れてしまうだろうと思う。
話がそれた。500mは100mの五倍だし、その倍で1000m、1kmだ。だから僕は1kmを目測で測ることができた。1kmを認識することができた。今、僕に認識できるのは5m、せいぜい7.8mというところだ。歳をとったのだ。狭量なのだ。いや、それでも話がそれている。僕は田代幸のことを語ろうとして話を始めることすらできずに苛々する。
僕は昔、全力疾走することの意味を知らなかった。

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