年賀はがき

マックスヴァリュの入り口横で年賀はがきが売られていたので、予備のはがきを買い求めた。先日日曜日のことだ。ひとことふたこと会話したところで気がついた。ときどきお世話になっている近所の郵便局の方だった。言葉を交わしながら、気付かないフリもおかしいので少し立ち話をした。郵便局の仕事も大変なのだ。僕のように仕事もせずに遊んでいるものと較べると、みな忙しいのだ。大変なのだ。

リヴオドリスコール

与謝野晶子の誕生日は母と同じだ。西郷隆盛もそうだ。ジョバンニ・チェバは最近は教科書にも名前が出ている。だからどうしたという話ではあるのだけれども。
リヴオドリスコール・・舌をかみそうな名の彼女は美しい。射手座の女性がみな美しいとはいえないけれど。
つかこうへいは言ってた「人間の数だけ長所や才能はあるのだ」・・と、「けれども、それはひとりにひとつとは限らないのだ」・・と。
母の誕生日だ。

12月だというのに暖かい夕方、町内会の班長さん方のお宅に、門松カードを届けた。

たいした距離でもないのに、腰が痛い。腰というか足が痛い。痛さをかばっての自分の歩き方が変則的だと、ちょっとおかしいと思った。この歩き方は、ろくさんの歩き方と似てると直感的に思った。北九州の香月や折尾を一緒に歩いてくれたろくさんの足の運びと似てるような気がする。ろくさんは剣道の達人で、剣道の上級者はあんな歩き方をするのだと勝手に思い込んでいた。もしかするとあれは足腰が痛かったのかも知れないとフト思った。4班と5班の境界の道、駐車場の塀の向こうで、ヘルメット耳の猫がじっと僕を見張っていた。耳をほぼ塀と平行にして、目だけをこちらの動きに合わせているのだけれど、悲しいかな狭い額は塀の上だ。ヘルメットはコンバットのドイツ兵のものだ。サンダース軍曹ももう亡くなったなあ、などと思った。彼らがガンガンやっつけていたのは、実は日本との同盟国ドイツだった。日本語をしゃべっていたアメリカ兵は、アノ戦争で日本の敵だったのに、などと思った。自宅へ帰る道、正面に夕陽が大きく見えた。いつもより大きいと思った。巨人の星のことではなく、いなかっぺ大将のことを思った。だいちゃんとにゃんこ先生の顔を思い浮かべた。

蠍座の女

先日、彼女の誕生日。あと30分を残すときになって誕生日おめでとうのメールを送った。失念していたのだ。雑事に追われていたのだ。40年間一度も忘れていたことなどなかったのに。彼女の旦那にどんなに嫌がられようと、うらまれようと、軽薄を演じてきたのに。事実は・・といえばもう7年も顔をみていない。つづく物語は語れない、記せない。僕の物語には書けないことが多すぎるのだ。

三浦○○ってどうですかと田代幸が訊ねた

知らない人だよと応えたらたくさんの動画を送ってきた。それほど観なくても感想を得た。好きにはなれない。「そうじゃないでしょ」と田代幸は言う。「嫌いでしょうこんなタイプは」と。「自分は頭が良いと思い込んでしまっている勘違い女をあなたが認めるはずがない」と。そうじゃない。勘違い女かどうかも判断できない。これだけ見せてくれたら十分なのだ。傷んだ魚は一口でわかるのだ。飲み込んでしまうとおなかを壊す。三浦○○には僕の触手は動かない。田代幸はそうじゃない。田代幸は美人なのだ。

もうひとつ別の物語が動いていたということ

彼女の物語には僕も登場していて、けれどそれは僕の記憶とは違うもので、僕そのものが少し違う。第一に、彼女は僕の中では、主要人物ではないのだ。だからこそ僕は40年もの間、彼女の消えた世界を生きてきた。彼女のいない世界を生きてきた。彼女たちは僕の世界にはいなかったのだ。彼女の世界には僕が生きていた。どのように埋めればよいのか。おもしろい。

鹿児島混声合唱団

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雨のち曇り。鹿児島混声合唱団定期演奏会。団長は最期の挨拶の中で気を遣ってくれた。「本日は高校の先輩方が四名もみえておられて・・緊張します」
演奏会のあと、彼の高校の先輩たちは久しぶりにともに茶を飲んだ。このメンバーがそろったのはおよそ40年ぶりのことだ。ただ、その数は五人だ。誰が数に入っていなかったのか・・・冗談も盛り上がった。
40年のブランクなどすぐに埋められるものだ。