もうひとつ別の物語が動いていたということ

彼女の物語には僕も登場していて、けれどそれは僕の記憶とは違うもので、僕そのものが少し違う。第一に、彼女は僕の中では、主要人物ではないのだ。だからこそ僕は40年もの間、彼女の消えた世界を生きてきた。彼女のいない世界を生きてきた。彼女たちは僕の世界にはいなかったのだ。彼女の世界には僕が生きていた。どのように埋めればよいのか。おもしろい。

町内会とぎっくり腰と運動会。夏目友人帳ふたたび。

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町内会の運動会を2週間後にひかえて、ぎっくり腰。自分的には「ひとだすけひとだすけ」と言い訳して、少々ひどい痛みだ。1週間おいて運動会と妙円寺参り。今年は連れだって仲間と歩こうかと予定してはいるのに。この腰は1週間で完治しなくてはならない。

正直に言えば、さほど興味はない。

けれど。政治ネタや増して芸能ニュースにはもっと疎いから。

昨夜。テレビの画面には体操が映っていた。ドキンとしたのは「ロスオリンピック以来の32年ぶりです」というコメントだ。そのオリンピックは僕にとってついこの前の出来事だからだ。

 

愛用のボールペンがなくなってしまうということ

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使い心地のいい筆記用具。書き味は価格の高低には関係がない。このペンは長く使ってきた。同じ太さのものを3本用意して、替え芯は箱で買う。太いペン先なので,使い始めると3日で1本使い切るから、ひと月で1箱の替え芯を消費する計算になる。これだけ使うとペン自体がひび割れてくるのでテーピングして使っている。先日、文具店に寄ったとき、改めて新しいペンを探した。店当に見当たらず注文しようと調べてもらった。けれども、数年前にメーカーの生産が終了してしまっていたのだ。すでに卸店にも存在していないという。替え芯はあと5年分ほどは持っているのだけれど。近いうちに、新しいものを探さなければならない。歳をとると,頑固になるのだ。使っていたものがなくなるのが許せないのだ。次に行けないのだ。わかってはいても悲しいのだ。

早春賦は長野の歌だ

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名のみの春だ。いつもよりかなり遅く情けない咲きかたを見せる花。急がなければ桜の季節がやってくるゾ。桜は鹿児島では入学式の花ではない。卒業式の花なのだ。僕には、高校の自分の卒業式の記憶がない。記憶の欠落の理由に気付いたのはかなりの時間が過ぎてからのことだった。かなりの年月が流れてからのことだった。