ドラマ「やすらぎの郷」は週一で総集編までやっている

何もかもが特別扱いの倉本聰の作品は・・やっぱり彼にしかかけない。ずっと昔、島君は言ったのだ「山田太一はめざせるけど、倉本聰にはなれそうもない」。もちろん山田太一にだって僕らはなれないけれど、彼もまた優れた脚本家なのだけれど。倉本聰は別格だ。完璧だとは言えない。彼のつくる舞台なんて隙だらけだけれど、テレビドラマに関しては「彼にしかできない世界」がある、確かにある。

宛先不明の配達不能で返ってきてしまった年賀状が1枚

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それは、一番最初に書いた年賀状で、心情的には高い位置に置かれた1枚だ。これは今年最初のミスだ・・ボソボソ。私的な郵便物に、校閲も校正もかからないからこんなミスが起こる・・ボソボソ。なんだかもう、自分の周りにまとわりついた雑然とした人間関係をこなすうちに大切なものを重要な要件を見落としている。僕はいつもそうだ。大切なものを、だからこそ蔑ろにしてしまう・・ボソボソ。大切な友人のことを後回しにしてしまう。彼なら、彼女なら大丈夫だと思ってしまう甘えなのだ。
つかこうへいの「郵便屋さんちょっと」という芝居を思い出した。ビートルズのプリーズミスターポストマンの和訳としては最高のタイトルだ。村上春樹のビートルズ曲のタイトルの使い方より好きだ。時間がないからダラダラと長文になる。
けれどあの住所はなんだったのだろう。どこで間違いがおこってしまったのか判明できない。
さて、言い訳をする時間的な余裕がない。てばやく手当を施す物理的方法がみつからない。すこし冷えてきた。

12月だというのに暖かい夕方、町内会の班長さん方のお宅に、門松カードを届けた。

たいした距離でもないのに、腰が痛い。腰というか足が痛い。痛さをかばっての自分の歩き方が変則的だと、ちょっとおかしいと思った。この歩き方は、ろくさんの歩き方と似てると直感的に思った。北九州の香月や折尾を一緒に歩いてくれたろくさんの足の運びと似てるような気がする。ろくさんは剣道の達人で、剣道の上級者はあんな歩き方をするのだと勝手に思い込んでいた。もしかするとあれは足腰が痛かったのかも知れないとフト思った。4班と5班の境界の道、駐車場の塀の向こうで、ヘルメット耳の猫がじっと僕を見張っていた。耳をほぼ塀と平行にして、目だけをこちらの動きに合わせているのだけれど、悲しいかな狭い額は塀の上だ。ヘルメットはコンバットのドイツ兵のものだ。サンダース軍曹ももう亡くなったなあ、などと思った。彼らがガンガンやっつけていたのは、実は日本との同盟国ドイツだった。日本語をしゃべっていたアメリカ兵は、アノ戦争で日本の敵だったのに、などと思った。自宅へ帰る道、正面に夕陽が大きく見えた。いつもより大きいと思った。巨人の星のことではなく、いなかっぺ大将のことを思った。だいちゃんとにゃんこ先生の顔を思い浮かべた。

町内会とぎっくり腰と運動会。夏目友人帳ふたたび。

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町内会の運動会を2週間後にひかえて、ぎっくり腰。自分的には「ひとだすけひとだすけ」と言い訳して、少々ひどい痛みだ。1週間おいて運動会と妙円寺参り。今年は連れだって仲間と歩こうかと予定してはいるのに。この腰は1週間で完治しなくてはならない。

愛用のボールペンがなくなってしまうということ

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使い心地のいい筆記用具。書き味は価格の高低には関係がない。このペンは長く使ってきた。同じ太さのものを3本用意して、替え芯は箱で買う。太いペン先なので,使い始めると3日で1本使い切るから、ひと月で1箱の替え芯を消費する計算になる。これだけ使うとペン自体がひび割れてくるのでテーピングして使っている。先日、文具店に寄ったとき、改めて新しいペンを探した。店当に見当たらず注文しようと調べてもらった。けれども、数年前にメーカーの生産が終了してしまっていたのだ。すでに卸店にも存在していないという。替え芯はあと5年分ほどは持っているのだけれど。近いうちに、新しいものを探さなければならない。歳をとると,頑固になるのだ。使っていたものがなくなるのが許せないのだ。次に行けないのだ。わかってはいても悲しいのだ。

落語「たちぎれ線香」

手紙がたくさん届く噺だ。返事を1通も書けない噺だ。出せない噺だ。古い傷が訴えかけてくるような噺だ。古い記憶の住人が忘れないでくれとささやくような噺だ。嫌いではない。