小田和正の声を聴きたくてYouTubeで遊ぶと

彼ではない誰かが本気で歌っている。歌手のように…だ。どうしてあんなこと・・・と僕は思った。歌はうまいのだ。彼も彼女もそれを知っているに違いない。でも彼は小田和正ではないのだ。・・・・なんてことを思った。ココでは七夕は雨と決まっている。嫉妬の雨だときかされていた。

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幼い頃から、人には言わないけれど、いっぱしの人生観は持っていた。偏った価値観は持っていた。

けれどもそれは口にしてはいけないことなのだ。吉田拓郎が「今はまだ人生を語らず」と歌ったからだ。たくさんのはやり歌の歌詞が人生を価値観を語っていることが・・笑える。誰の歌とは言わないけれど、言えないけれど。あまりに多くの歌手がさまざまな人生論を押しつけてくれる。価値観を叫ぶ。偏狭な哲学の安売りだ。歳をとってしまったからだとは思う。もちろん私自身が・・だ。

介護のサービスに携わる方々には頭が下がる

母がお世話になるまで、ほとんど何も知らなかった世界だ。介護の皆さんの待遇はもっともっと良くなるべきだ。何が福祉国、老人子どもに優しい国。選挙の時だけの小道具公約など・・・すでにマニフェストも過去の流行語だ。
冬至にちなんで、母の入浴用の湯船には「ゆず」が入れられた。看護師のおひとりのご実家で採られたものだと・・。みなさんの心遣いがとてもうれしかった。

スタニスワフ・レム・・発音しにくい名の作家だ。それは慣れ親しんでいない作家だからだ。

彼の本を手にしたのも偶然だった。偶然に出会うしかない彼/彼女らのうちのあと何人に会えるのだろう。会えなかった作家が多すぎる。それ以前に、知らない作家が多すぎる。僕の知見は狭すぎるのだ。

ドラマJINを見た。

ドラマのスポンサーのCMのナレーション、あれはきっと遠藤憲一だ。確信は持てないけれど。映画マトリクスの宣伝ナレーションも彼だと思う。確実なことではないけれど。遠藤憲一の声は魅力的だ。ぼくは遠藤賢司の訃報をみてマトリクスのことを思ったのだ。ぼくは熱心な遠藤賢司のファンではない。カレーライスくらいしか知らない。思い出せない。しかし、あの独特の曲、歌い方、声・・記憶の隅には存在していた。
ドラマJINを見た。音楽はすぐに舞い戻ってくるのだけれど、ストーリーはほぼ忘れてしまっている。CMのナレーションは・・・遠藤憲一なのかは不明のままだけれど。マトリクスの映画宣伝の声はDVDを回せば確認できるのだけれど・・これはめんどくさい。

改札口をでてくる人波を眺めながら頭の中に流れていたのは「さだまさし」だった

♫北口改札を子鹿のように~♫だ。彼を待ちながら別の人物のことを考えていた。東京駅の風景や新御茶ノ水の景色を思い浮かべていた。ずっとずっと昔の情景だ。鹿児島中央駅の改札口に現れた彼の姿を確認するまでの短い時間だ。
ふるい歌だ。さびない歌のひとつだ。