島君は車でやってきた。

旧友の突然の病の見舞いに来てくれたのだ。だから、久々に飲んだのだ。うまい酒だった。翌日。撮ってあった長いドラマの最終回を観た。倉本聰だ。中島みゆきの歌を聞いて、吉田拓郎の曲も聞いた。だから,久々に吉本隆明の全詩集を引っ張り出した。一番好きなのは一番最初に載っていて一番最初に書かれたはずの【固有時との対話】だ。長い詩だ。要するに脈絡がないのだ。僕には脈絡はないのだ。

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僕は園田まりこさんが好きだったからクラシックのコンサートにしか行かなかった。

いつも隣の席でおもしろくもない歌劇なんかを観ていた。けれど、僕はあの日は吉田拓郎のコンサートに行きたかったのだった。でもそれは不良のすることだったし、家の許可も学校の許可も出なかったのだ。実際に許可が必要だったかどうかはわからないのだけれど。とにかくそう思っていた。翌日、女の子がたくろうのコンサートがどんなによかったかを話してくれた。彼女は不良ではない。拓郎は「りんご」を歌ったのだそうだ。はじめての鹿児島でのコンサートだったのだ。僕は彼女が「拓郎のコンサートについて僕が知りたがっていること」を知っているのか不思議だったし、第一そんなに中のいい友人ではなかったはずなのだ。彼女は違うクラスの女の子だったし、僕は転入生だった。彼女の名前すら今は覚えていない・・そんな友人だったのだから。数日後、僕は録音状態の決してよくないラジオ放送で、その拓郎のコンサートの「りんご」を聞いた。
拓郎はあの頃、もう僕のスターだった。そのことは人に話してはいなかったけれど。もちろん、モーツァルトよりビートルズより好きだった。

ドラマ「やすらぎの郷」は週一で総集編までやっている

何もかもが特別扱いの倉本聰の作品は・・やっぱり彼にしかかけない。ずっと昔、島君は言ったのだ「山田太一はめざせるけど、倉本聰にはなれそうもない」。もちろん山田太一にだって僕らはなれないけれど、彼もまた優れた脚本家なのだけれど。倉本聰は別格だ。完璧だとは言えない。彼のつくる舞台なんて隙だらけだけれど、テレビドラマに関しては「彼にしかできない世界」がある、確かにある。

全力疾走の意味を知らなかった

僕は小学生の頃、全力疾走の意味を知らなかった。頭が悪かったのだ。運動会の徒競走は手を振りながら走った。一等とか二等とか何なのか意味がわからなかった。僕には意味がなかったのだ。中学生になってバレーボール部で走らされた。自分が走れることが気持ちよかった。中2でリレーの選手になり、高校生では100m走の記録を持っていた。100mの全力疾走は気持ちよかった。たぶん2.3年間だ。そしてその後は全力疾走をすることがなくなった。今、もし50mの全力疾走をしたら、できたとしてもおそらく倒れてしまうだろうと思う。
話がそれた。500mは100mの五倍だし、その倍で1000m、1kmだ。だから僕は1kmを目測で測ることができた。1kmを認識することができた。今、僕に認識できるのは5m、せいぜい7.8mというところだ。歳をとったのだ。狭量なのだ。いや、それでも話がそれている。僕は田代幸のことを語ろうとして話を始めることすらできずに苛々する。
僕は昔、全力疾走することの意味を知らなかった。

蠍座の女

先日、彼女の誕生日。あと30分を残すときになって誕生日おめでとうのメールを送った。失念していたのだ。雑事に追われていたのだ。40年間一度も忘れていたことなどなかったのに。彼女の旦那にどんなに嫌がられようと、うらまれようと、軽薄を演じてきたのに。事実は・・といえばもう7年も顔をみていない。つづく物語は語れない、記せない。僕の物語には書けないことが多すぎるのだ。

三浦○○ってどうですかと田代幸が訊ねた

知らない人だよと応えたらたくさんの動画を送ってきた。それほど観なくても感想を得た。好きにはなれない。「そうじゃないでしょ」と田代幸は言う。「嫌いでしょうこんなタイプは」と。「自分は頭が良いと思い込んでしまっている勘違い女をあなたが認めるはずがない」と。そうじゃない。勘違い女かどうかも判断できない。これだけ見せてくれたら十分なのだ。傷んだ魚は一口でわかるのだ。飲み込んでしまうとおなかを壊す。三浦○○には僕の触手は動かない。田代幸はそうじゃない。田代幸は美人なのだ。

もうひとつ別の物語が動いていたということ

彼女の物語には僕も登場していて、けれどそれは僕の記憶とは違うもので、僕そのものが少し違う。第一に、彼女は僕の中では、主要人物ではないのだ。だからこそ僕は40年もの間、彼女の消えた世界を生きてきた。彼女のいない世界を生きてきた。彼女たちは僕の世界にはいなかったのだ。彼女の世界には僕が生きていた。どのように埋めればよいのか。おもしろい。