雨が降っている

深夜12時。音をたてて雨が降っている。雪が降る、その音を聞いたことがありますか。雪にも音があるのをご存じですか。そう訊いた少女はすでに他界した。彼女は老いることをしなかったのだった。

広告

ドラマJINを見た。

ドラマのスポンサーのCMのナレーション、あれはきっと遠藤憲一だ。確信は持てないけれど。映画マトリクスの宣伝ナレーションも彼だと思う。確実なことではないけれど。遠藤憲一の声は魅力的だ。ぼくは遠藤賢司の訃報をみてマトリクスのことを思ったのだ。ぼくは熱心な遠藤賢司のファンではない。カレーライスくらいしか知らない。思い出せない。しかし、あの独特の曲、歌い方、声・・記憶の隅には存在していた。
ドラマJINを見た。音楽はすぐに舞い戻ってくるのだけれど、ストーリーはほぼ忘れてしまっている。CMのナレーションは・・・遠藤憲一なのかは不明のままだけれど。マトリクスの映画宣伝の声はDVDを回せば確認できるのだけれど・・これはめんどくさい。

「高校三年生」が流されていた。城山スズメだ。

僕は小学校1年生で、彼は6年生だったように思う。あのとき、舟木一夫を歌っていたのは従兄だった。奄美大島、古仁屋から手安まで1里を歩いたのは夕方だった。
舟木一夫の鹿児島コンサートは中止ではなく延期だと采野アナウンサーが言ってた。彼の病気は良くなるのだろう。けれど従兄の意識は混濁していて、もう戻らないかも知れない。彼の病気は良くはならない、らしい。そんなこと聴きながら、そんなこと考えながら、赤信号で停車したとき、目の前の横断歩道をぽっぽっぽっ・・・・といいながら鳩がゆっくり歩いていた。大通りを横断していった。鹿児島中央駅前だった。僕は右折しなきゃならなかった。

改札口をでてくる人波を眺めながら頭の中に流れていたのは「さだまさし」だった

♫北口改札を子鹿のように~♫だ。彼を待ちながら別の人物のことを考えていた。東京駅の風景や新御茶ノ水の景色を思い浮かべていた。ずっとずっと昔の情景だ。鹿児島中央駅の改札口に現れた彼の姿を確認するまでの短い時間だ。
ふるい歌だ。さびない歌のひとつだ。

島君は車でやってきた。

旧友の突然の病の見舞いに来てくれたのだ。だから、久々に飲んだのだ。うまい酒だった。翌日。撮ってあった長いドラマの最終回を観た。倉本聰だ。中島みゆきの歌を聞いて、吉田拓郎の曲も聞いた。だから,久々に吉本隆明の全詩集を引っ張り出した。一番好きなのは一番最初に載っていて一番最初に書かれたはずの【固有時との対話】だ。長い詩だ。要するに脈絡がないのだ。僕には脈絡はないのだ。

経験しなくてはわからない。

とくに僕は経験せずに、よくしゃべるから。いわく「相手の目線にあわせて、相手の気持ちになって・・・」。相手の気持ちになんて、なれていないのだ。相手の気持ちになれるわけはないのだ。傲慢なのだ。僕の傲慢なのだ。少なくとも僕の言葉や認識は傲慢なのだ。
だから、言い換えればいい。経験しなくてはわからないは必ずしも是ではない。経験したことが偉いわけではない。ただ少なからず驚かされることはあるのだ。