経験しなくてはわからない。

とくに僕は経験せずに、よくしゃべるから。いわく「相手の目線にあわせて、相手の気持ちになって・・・」。相手の気持ちになんて、なれていないのだ。相手の気持ちになれるわけはないのだ。傲慢なのだ。僕の傲慢なのだ。少なくとも僕の言葉や認識は傲慢なのだ。
だから、言い換えればいい。経験しなくてはわからないは必ずしも是ではない。経験したことが偉いわけではない。ただ少なからず驚かされることはあるのだ。

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福岡県立東筑高校。甲子園の高校野球。

島君の高校が甲子園で野球をやってた。彼の高校は有数の進学校で、それが甲子園だからすごい。なんとそのときは勝っていたのだ。僕はそこでテレビの前を離れた。雨で中断したのはそのあとだったように思う。「勝っていた」とはそのあと負けてしまったからなのだけれど。僕にとってはその東筑高校が甲子園にまで行ったことが事件だった。

小田和正の「東京の空」が聞きたい。

youtubeという便利なものがある。けれど困りものでもある。僕が聞きたいのは小田和正の声の小田和正の「東京の空」なのだ。この曲はおそらく発売されていない。なのにyoutubeにはそれがある、いくつも。君たちはふざけているのか。
僕は君らのへたな歌なんか聞きたくないのだ。やめてくれよ。・・・なんて言えないなあ。友人がやっていたらボロカスに言うだろうけれど。

僕は園田まりこさんが好きだったからクラシックのコンサートにしか行かなかった。

いつも隣の席でおもしろくもない歌劇なんかを観ていた。けれど、僕はあの日は吉田拓郎のコンサートに行きたかったのだった。でもそれは不良のすることだったし、家の許可も学校の許可も出なかったのだ。実際に許可が必要だったかどうかはわからないのだけれど。とにかくそう思っていた。翌日、女の子がたくろうのコンサートがどんなによかったかを話してくれた。彼女は不良ではない。拓郎は「りんご」を歌ったのだそうだ。はじめての鹿児島でのコンサートだったのだ。僕は彼女が「拓郎のコンサートについて僕が知りたがっていること」を知っているのか不思議だったし、第一そんなに中のいい友人ではなかったはずなのだ。彼女は違うクラスの女の子だったし、僕は転入生だった。彼女の名前すら今は覚えていない・・そんな友人だったのだから。数日後、僕は録音状態の決してよくないラジオ放送で、その拓郎のコンサートの「りんご」を聞いた。
拓郎はあの頃、もう僕のスターだった。そのことは人に話してはいなかったけれど。もちろん、モーツァルトよりビートルズより好きだった。

遠い昔。ぼくらは遠くまで行くんだと語った。

たぶん具体的な距離も時間も考えてはいなかったんだ。そんなこと考えもしなかったんだ。けれど、ぼくらは突然気付かされる。ずいぶん遠くまで来てしまったことに。時が流れてしまったことに。

ドラマ「やすらぎの郷」は週一で総集編までやっている

何もかもが特別扱いの倉本聰の作品は・・やっぱり彼にしかかけない。ずっと昔、島君は言ったのだ「山田太一はめざせるけど、倉本聰にはなれそうもない」。もちろん山田太一にだって僕らはなれないけれど、彼もまた優れた脚本家なのだけれど。倉本聰は別格だ。完璧だとは言えない。彼のつくる舞台なんて隙だらけだけれど、テレビドラマに関しては「彼にしかできない世界」がある、確かにある。